ジャズピアノCD名盤 名演

アール・ハインズ(1903-1983)

 
ハーレムピアノ(ストライドピアノ)スタイルではそれまでのラグタイムピアノで弾かれていた単音もしくはオクターブの左手のベースに、5thや6thや10thが加えられ、また左手のコードトーンにも6thなどのテンションが加えられ、ファッツウォーラー、アートテイタム、テディウィイルソンなど当時の優れたスウィングピアノニストは、その色とりどりの左手のハーモニーを自らの演奏に取り入れて行きました。
そのなかでも独自の革新的な奏法を持ち込んでスウイングピアノの発展に大きな貢献したピアニストがいました。

 

 

それがジャズピアノの父と呼ばれる、アールハインズ(Earl Hines 1903-1983)です。

 

 アールハインズは、ラグタイムから受け継がれた左手の伴奏パターンにシンコペーションを取り入れて更に複雑にし、またトランペッターのルイアームストロングと共演し大きな影響を受け、ルイのトランペットで演奏されるようなシングルトーン(単音)のメロディックなフレージングをピアノの右手のラインに置き換えました。(しかしハインズによるとこのスタイルの原型はルイと出会う前から生み出されていたとの事。)この奏法は後のビバップやその後のジャズピアノにも受け継がれ、ハインズはその右手のメロディックなスタイルを確立した創始者として「ジャズピアノの父」と呼ばれました。

 

 

 

 ハインズは1903年12月28日ペンシルベニア州のピッツバーグ近くのデュケインで生まれました。父親はコルネット奏者ジョセフハインズ、継母は教会のオルガン奏者という音楽に囲まれた仮定で育ち、ハインズ自身も幼少期は父親を真似てコルネットを始めましたが、やがてピアノの方にに興味を持ち、クラシックピアノを習い始めました。

 

 

 上達の早かったハインズは11歳の時にはすでに地元の教会の礼拝でオルガン奏者を務めていたそうです。

 

 

 

 17歳になるとハインズはプロのピアニストとしての活動を始め、ナイトクラブやバンドで演奏するようになります。そして1925年、ジェリーロールモートンやキングオリバーなどが活躍し、当時のジャズの中心地といわれたイリノイ州シカゴに移り住みます。

 

 

 そこで21歳のハインズは当時24歳だったトランペット奏者のルイアームストロングと出会い共に演奏し、親友となりました。

 

 

アームストロングは、ハインズの”トランペットスタイル”と呼ばれる右手のオクターブによる高音での素早い奏法などの斬新なスタイルに驚きますが、またハインズもアームストロングのメロディアスなアドリブフレーズに影響を受け、自身のピアノの演奏に取り入れていきます。
 こうして確立したハインズのピアノスタイルは、後に続くモダンジャズピアノのスタイルの基盤となりました。

 

1928年にハインズは大物ギャング、アル・カポネに気に入られ、彼の支配下にあった「グランド・テラス」で自分のビッグバンドを率いて12年活動し、「グランド・テラス」でのハインズ楽団の演奏はアメリカでラジオ放送され大人気を得ました。
若き日のナット・キングコールもラジオでハインズ楽団の演奏を熱心に聴いていたリスナーの一人だったそうです。

 

 

 1940年に「グランド・テラス」は閉店。ハインズはニューヨークに渡り彼のバンドを再編します。このバンドには後にモダンジャズと呼ばれる「ビ・バップ」スタイルを築き上げる、チャーリーパーカーとディジーガレスピーが在籍しており、”ジャズピアノの父”アールハインズのバンドはまた次の時代のジャズ、ビバップを生む父親的バンドであったとも言えるでしょう。

 

 

ハインズのバンドはその後何度かメンバーチェンジを重ね1948年まで続きましたが、ビッグ・バンドの時代は終わり、バンド解散後は少人数のコンボやルイアームストロングのバンドなどでピアノをプレイしていました。
そして1950年代後期から60年代になると、世はロック全盛で大衆音楽としてのジャズの勢いも衰え、ハインズは引退してカリフォルニアでタバコ屋を営んでいました。

 

 

 

しかし、1964年にピアニストとしてのアールハインズが、スイング時代の3大ピアニストとして発掘され再び世間から評価されることになります。

 

 

 その流れでハインズのピアノコンサートがニューヨークで行われ、65年にはダウンビート誌の「名声の殿堂」に選出されます。

 

 

 ハインズのソロピアノやトリオでのレコードが次々にリリースされ、60歳過ぎたハインズにピアニストとしてのキャリアの第二の全盛期が来ることになるのです。
その後1983年に79歳で亡くなるまで、コンサートやレコーディングなど精力的に活動しました。

 

 

 

 

” Rosetta”1939年の録音です。左手はハーレムストライドのスタイルですが、右手は後のビバップにも通じるシングルトーンのインプロビゼーションを取り入れているのが特徴です。

 

 

 

 

上と同じ” Rosetta”ですが、こちらは31年後1970年の演奏。30年前のハーレムスタイルとは大分変わってかなりモダンになっています。
ハインズが60歳を過ぎても常に時代と共に進化してきたピアニストだったのが分かりますね。

 

 

 

 

 

 

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